TOPページへ論文ページへ
論文

 今週も客船「飛鳥U」から放送させていただきます。申し訳ありません!
 先週御紹介しましたスエズ運河も無事に通過して地中海に入り、ナイル川河口にあるアレキサンドリアに立寄り、地中海を縦断してギリシャの首都アテネの港になるピレウスに寄港し、現在、夜中の1時ですが、アドリア海を北上し、明方にはクロアチアのドブロブニクに到着する予定です。

 そこで今日は1979年に世界文化遺産に指定され、「アドリア海の真珠」といわれるほど美しいドブロクニクについてご紹介させていただきたいと思います。
 アドリア海は西側がイタリア半島、東側がバルカン半島に挟まれ細長い海で、ドブロブニクはバルカン半島のほぼ中間にある人口4万4000人ほどの小さな都市です。
 都市の歴史は古く、古代ローマ帝国時代にはラテン語で「ラグシウム」、しばらく後にはイタリア語で同じ意味の「ラグーサ」という名前で記録されています。
 これは「岩」という意味で、上空からの写真を見れば分かるように、海岸から突き出た岩山の上に築かれた都市だからです。
 15世紀以後はドブロブニクになるのですが、これはクロアチア語で樫の木を意味する「ドゥブラーバ」に由来し、当時は樫の木の森があったようです。

 ところでバルカン半島といえば、古くから多数の民族が生活しており「民族のるつぼ」と言われ、その結果、紛争も多く、「ヨーロッパの火薬庫」とも呼ばれています。
 実際、第一次世界大戦はオーストリー・ハンガリー帝国の皇太子であったフランツ・フェルディナンド大公夫妻が、現在はボスニア・ヘルツェゴビナの首都となっているサラエボでセルビア人のガブリロ・プリンチプに暗殺されたことを発端としているのは有名です。

 そしてアメリカの第28代大統領であるウッドロー・ウィルソンが第一次世界大戦末期の1918年1月8日に「14か条の平和宣言」を発表し、国際連盟の設立を提案すると同時に、民族自決主義、つまり、それぞれの民族が自主的に自分たちのことを決めるという方針も宣言に含めたため、バルカン半島内部での紛争が頻発するようになります。
 最近では、1991年にユーゴスラビアからスロベニアとクロアチアとマケドニアが独立を宣言し、その残された中央部分にあるボスニア・ヘルツェゴビナでセルビア人がスルプスカ共和国の樹立を宣言し、1992年から1995年までボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が発生しました。
 さらに今年の2月になって、コソボがセルビアからの独立を宣言してコソボ共和国を名乗っていますが、セルビアは認めていないので、紛争の火種を抱えることになっています。
 長々とバルカン半島の歴史をご説明してきましたが、そのような歴史をくぐり抜けてアドリア海の真珠といわれる町を維持してきたのがドブロクニということです。

 様々な危機をくぐり抜けてきたのですが、14世紀までは地中海を制覇していたベネチア共和国の影響下から1358年に独立して「ラグーサ共和国」という都市国家になり、ベネチアがオスマントルコ帝国と何度かの戦争をしている間に東西貿易で拠点の地位を築いて行きます。
 ところが1667年に大地震に襲われてから徐々に衰退し、1805年にナポレオンにより解体され、1815年からはオーストリー帝国の一部、1929年からはユーゴスラビア領、そして1991年のクロアチアの独立によってクロアチア領になっているというのが現在のドブロブニクです。
 このように、民族のるつぼの中で翻弄されてきたように見えますが、ドブロブニクが賞賛されるのは、何度かの危機を市民が積極的に参加して乗り切ってきたことです。

 1667年の大地震で旧市街地は大きな被害を受けますが、自分たちで従来のままの街並に復興し、1978年には世界遺産に指定されるまでになりました。
 ところが1991年の紛争では旧市街地の多くが爆撃で破壊され、世界危機遺産にリストアップされてしまい、場合によっては登録抹消という状況になりましたが、建物の古文書を探し、また、石材なども同じ材料を手に入れて、以前の通りに復元してきました。
 そしてめでたく紛争の終結から3年後の1998年に世界危機遺産から脱却することに成功しています。

 城壁で囲まれた旧市街地には4万4000人の都市人口のうち1割弱の4000人ほどが生活していますが、その内部のロブリエナッツ要塞の入口にある石碑には「世界中の黄金をもってしても自由は売らず」と書いてあるそうで、この自治の精神が争乱の多発してきた地域で「アドリア海の真珠」を守ってきた精神だと思います。

 日本には「日光を見ずして結構というなかれ」という言葉がありますが、ドブロブニクについては、辛辣な言葉で有名なアイルランド出身の作家ジャージ・バーナード・ショウでさえ「ドブロブニクを見ずして天国を語る事なかれ」と言っていますので、機会があれば、ぜひ訪ねられることをお薦めします。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.