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論文

 新年度になり、会社に就職して新しい人生の出発をされる方々も多いと思います。
 そこで今日は会社でどのように仕事をすれば良いかということを考えてみたいと思いますが、そのためのキーワードとして「CSR」から始めたいと思います。
 CSRはコーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティの頭文字を採った略語で、企業の社会責任と翻訳されます。
 どういうことかを考えるために、株式会社という仕組みはいつ出来たかという歴史から説明させていただくと分かりやすいと思います。
 世界最初の株式会社は1602年にアムステルダムに設立された「オランダ東インド会社」、正式には「連合東インド会社」とされています。
 この会社は多くの出資者が資金を出し、その資金を預かった事業家が貿易などの仕事をして利益を上げ、その利益を出資者に配分するという目的で設立されました。
 それが株式会社の最初とされる理由は(1)株主は有限責任である(2)出資者は会社に直接投資(3)株式の譲渡は自由という、現在の株式会社に近い仕組みで運営されていたからです。
 この会社は東南アジアの香辛料貿易で利益を上げて株主に配当することを目的としていましたが、当時の香辛料貿易は成功すれば大変な利益があったので、年間20%以上の高配当で、50%以上になることもあったそうです。
 この会社の役割は、もっぱら株主に高配当をすることでした。

 次にイギリスで産業革命が始まり、繊維製品や機械製品を生産する会社が登場するとともに、様々な問題が発生してきました。
 当時は労働集約産業でしたから、多数の労働者が都会に集中し、生活環境は劣悪で、労働時間も1日13時間から16時間が普通で、女性や子供も同じ待遇でした。
 そういう状況を改善しようということで登場してきたのが、フィランソロピー、すなわち慈善とか博愛といわれる活動で、例えば、スコットランドで紡績工場を経営していたロバート・オーウェンは労働者のための住宅を建てたり、子供のための学校を作ったりして、従業員も会社が責任を持つ対象に拡大されました。

 しかし、それでも会社の利益を上げるために邁進した結果、さらなる問題が出てきました。
 日本では19世紀末から20世紀初めにかけて発生した足尾銅山鉱毒事件や、戦後発生した四日ぜんそく問題などが有名ですが、公害といわれる問題です。
 これは会社の経済効率を優先して考えたために、周囲に外部不経済といわれる問題を引き起こしたということです。
 例えば、工場の煙突に脱硫装置を付ければ良いのですが、そうすると設備投資が嵩んで生産の原価が上がってしまうから、そのまま燃焼ガスなどを外部に排出するほうが有利に競争できます。
 その結果、工場の効率は上がるけれども、周辺では町が汚れたり、病気になる人が増えたりして、社会全体としては効率が落ちるというわけです。
 そこで企業は株主と社員だけではなく、その会社が立地する地域社会にまで責任を持つという考えに拡大してきました。
 例えば、工場の見学を積極的に進めて地域の理解を得るとか、地域と一体となって文化活動をおこなうメセナなどが行われるようになりました。

 ところが、この外部不経済は地域社会だけの問題ではなく、ついに地球規模の環境問題にまで拡大したのが現在の状況です。
 このように会社の責任範囲が株主、社員、地域社会、国、そして地球にまで広がってくると、企業は倒産しないという経営責任、法律を守って事業をおこなうという法的責任だけではなく、社会全体に責任を持つという考え方になり、それがCSRと言われるようになったのです。

 そして来年の秋に、国際標準機構ISOから、企業がCSRを実施する基準となるISO26000という基準が発表される予定です。
 ISOの定めた基準というと、これまでは企業が生産する製品や提供するサービスの品質を定めた国際規格ISO9000シリーズ、企業が環境に配慮した経営をするための国際規格ISO14000シリーズが有名で、多くの日本の企業や役所が基準を達成する努力をしてきました。
 そして新たに社会責任を果たすための国際基準が用意されつつあり、このような基準を満足しないと、会社は社会で活動できなくなるということです。

 実は、このISO26000は2001年から検討が始まったのですが、2004年の会議で「CSR」を「SR」に変更することが決まっています。
 これは社会責任を果たすのは企業だけではなく、政府も地域社会も個人もすべてが社会に責任を持つべきだという議論の結果で、「C」はコミュニティとかコンシューマーとかシティズンの「C」と解釈されるようになりました。

 最後に、日本には、このような考えは古くからあったということをご紹介したいと思います。
 例えば、江戸時代の近江商人は「売り手よし、買い手よし、世間よし」という「三方よし」を商売の極意としてきました。まさにCSRの精神です。
 松下電器産業の創業者松下幸之助さんは「企業は国民の共有財産で共有事業である」という講演をしていますし、本田技研工業の創業者本田宗一郎さんも「地域に迷惑をかけ製品を生産する企業は廃業すべし」という言葉を残しています。
 最近の製品の偽装や食品の偽装が頻発していますが、日本の会社に根付いていた、このような精神を想い出して、新たに社会に参加された新入社員の方々も、会社としてだけではなく、個人としても社会にどのような貢献が出来るかを考えながら仕事をしていかれることを期待しています。





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