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論文

 今週末の3月8日は語呂合わせで「ミツバチの日」ということになっています。
 そこで今日はミツバチについて色々な話をご紹介させていただきたいと思います。
 ミツバチの話題といえば、昨年の春にアメリカで発生したミツバチの大量失踪事件を想い出します。
 どのような事件かというと、前年の10月頃から予兆はあったのですが、昨年の春になって、アメリカの半分以上の州で、ミツバチが巣箱から消えたり、大量に巣箱の中で死んでいたりして、西海岸では30%から60%、東海岸やテキサスでは70%のミツバチがいなくなってしまったということです。

 このような事件は史上初めてというわけではなく、19世紀末にも知られていますし、1980年代にもアメリカの一部の地域で2度発生しています。
 また、2006年の暮れには、養蜂で有名な宮崎県の椎葉村で大量にミツバチがいなくなるという事件も発生しています。
 しかし、これほど大規模な例は過去になく、CCD(コロニー・コラプス・ディスオーダー)、蜂群崩壊症候群と名付けられ、昨年3月にはアメリカ下院の造園・有機農業小委員会の公聴会に専門家が呼ばれるほどの騒ぎになりました。
 当然、その原因について検討されたのですが、大量に農薬が散布されているからだとか、殺虫能力を組み込んだ遺伝子組み換え作物の影響だとか、携帯電話から発生する電磁波の影響だとか、ミツバチの検疫系が破壊されるエイズのような病気が発生したからだいう意見が出されていますが、確定的な原因は不明のままです。

 それらの中で笑えない興味深い説は、ミツバチを酷使しすぎたために逃げ出したというものです。
 この理由を説明するためには、人間とミツバチの関係を知る必要があります。われわれはミツバチと聞くとハチミツを想い出しますが、人間にとって、ミツバチはハチミツを手に入れるよりも重要な役割があるのです。
 それは様々な植物の受粉にミツバチを利用するということです。
 アメリカの農務省によると、人間が食用にしている植物の3分の1がミツバチによって受粉しているそうです。
 アメリカではアーモンドはほぼ100%、ブルーベリーは90%がミツバチによって受粉し、リンゴ、オレンジ、タマネギ、ニンジンなどもミツバチに依存しているのですが、アメリカの養蜂業は中国やアルゼンチンの安いハチミツの影響で衰退しているため、その受粉は専門の養蜂業者が請け負い、ミツバチを巣箱ごと大型のトレーラーに載せて、全国に受粉のために運んでいきます。
 ミツバチにしてみれば、毎日、見慣れぬ花畑で働かされるし、アーモンドが品種改良によって2月に開花するようになったため、それに合わせて生殖も管理されることになり、結果として、女王蜂の平均寿命も短くなっているそうです。

 かつては自然の環境で自然の循環に合わせて自由に飛び回っていたのに、現在ではチャップリンが映画「モダンタイムス」で訴えたような管理労働に従事させられる事態になってしまい、そのストレスにたまりかねたミツバチが反抗して失踪したというわけです。
 その原因はともかく、この失踪事件によって、アメリカの農業が受けた損失は150億ドル(1兆8000億)にもなるといわれ、ミツバチの重要さが分かると思います。

 そして人間にとってもう一つのミツバチの恩恵は、言うまでもなくハチミツです。
 スペインのバレンシア地方にあるアラーニャ洞窟には1万5000年ほど前の旧石器時代に描かれた壁画があり、そこには女性が崖にあるミツバチの巣からハチミツを採っている様子が描かれていますし、古代エジプトの壁画には養蜂の様子も描かれており、人間が手に入れた最古の甘味料とされています。
 日本では『日本書紀』にミツバチについて書かれていますし、642年に養蜂が始まったという記録があり、平安時代には宮中への献上品としてハチミツが記録されています。
 長年、ハチミツは巣を壊して採取していたのですが、1853年にアメリカの聖職者であるラングストロスが『蜂の巣とミツバチ』という本を出版し、そこで巣枠といわれる板状の巣を何枚も差し込む巣箱と遠心分離機で蜜だけを分離する方法も紹介し、巣を壊さなくてもハチミツが採取できるようになりました。
 これは画期的な発明で、現在でも養蜂の一般的な方法になっています。

 ハチミツは食品として大変に優れたもので、まず100グラムあたりのカロリーを比較してみると、栄養豊富といわれるタマゴが152キロカロリー、牛肉が133キロカロリー、牛乳が58キロカロリーに対して、ハチミツは356キロカロリーです。
 また、ハチミツを構成している主要成分はブドウ糖と果糖という単純な分子構成の単糖類なので吸収が速い上に、10種類のビタミンや、人間が必要とするミネラルのほとんどを含んでいます。
 激しい運動や労働をする場合には、事前にグリコーゲンを肝臓などに蓄えておく必要がありますが、ハチミツは吸収が速いので有効ですし、運動が終わった後に摂取すれば体力の回復も早まります。
 それ以外にも、胃腸の内壁を刺激しない、腎臓に負担をかけない、自然な便通にも効果を発揮するなどの特徴もあります。

 日本人のハチミツ消費量は一人一年に300グラムほどで、世界1位のニュージーランドの1950グラム、2位のドイツの1400グラム、3位のオーストラリアの900グラムに比べればわずかです。
 日本ではハチミツに他の糖類を加えた「加糖ハチミツ」や、ハチミツの重要な成分であるミネラルやビタミンを除去した「精製ハチミツ」、また高温加熱して栄養素を破壊してしまったハチミツなども流通しています。
 そのようなことに注意しながら、人類が手に入れた最古の甘味料を味わって元気に仕事をしていただければと思います。





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