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論文

 最近の科学技術の分野で話題になりはじめた「バイオミミクリー」という新しい概念をご紹介したいと思います。
 「バイオ」は生物とか生命という意味でお分かりかと思いますが、「ミミクリー」という言葉は普段あまり聞くことがない英語です。
 これは真似をするというミミックという動詞を名詞にしたもので、模倣とか、昆虫が木の葉と同じような形をする擬態という意味です。
 そこで、この2つの単語を合わせて、生物の真似をして技術を開発するということを「バイオミミクリー」とか「バイオミメティックス」いうわけです。
 人間の偉大な発明のなかには「車輪」や「プロペラ」のように自然を参考にせずに思い付いたものもありますが、魚が水中を泳ぐ姿から流線型の乗物を開発したり、コウモリが暗闇でも自由に飛ぶ様子を調べてレーダーを想いついたりしていますが、こういう例をバイオミミクリーといいます。
 レオナルド・ダ・ヴィンチが鳥の飛ぶ仕組を研究して「鳥の飛翔に関する手稿」という記録を残しているように、バイオミミクリーは古くから存在しています。

 この分野の有名な学者ジュリアン・ビンセントが、人間が特許を取った技術と生物の素晴らしい能力を比較調査した結果、人間が発明した技術が動物や植物の特性を参考にしている比率は10%しかないということでした。
 これは別の見方をすれば、自然界の中にはまだまだ参考になる未知のものが豊富に存在しているということになります。
 そこで最近、新しい視点から生物の能力を参考にしようというバイオミミクリーが登場したというわけです。

 これは三段階にわけられますが、第一は形を真似るという方法です。六角形が規則正しく並んだ蜂の巣(ハニカム)の形を真似てサンドイッチパネルの芯材を作るような例は古くからありますが、最近、目覚ましい成果が次々と現れています。
 珊瑚礁に棲息するハコフグは水中で停止していて、危険が迫ったりすると一瞬に高速で移動できる能力があります。そこでダイムラークライスラー社は、ハコフグの形を真似た自動車を2005年に発表しましたが、従来のコンパクトカーよりも抵抗係数が65%も減ったそうです。
 日本の新幹線の500系車両は先頭が非常に長い尖った形をしていますが、これは高速で水中に飛び込んで魚を獲ることの出来るカワセミのクチバシの形を参考にし、トンネルに突っ込むときのドーンという衝撃を低くしたものです。

 全体の形を真似るのではなく、一部を真似た技術もあります。その500系車両は時速300キロメートルで走行しますが、以前の車両よりも音が静かです。それはパンタグラフに工夫をして風切り音を押さえた成果です。
 鳥の仲間で静かに飛ぶ鳥を探したところ、フクロウだということが分かったのですが、理由を調べてみると、羽の前の部分にノコギリの刃のような羽毛がたくさん突き出ているせいだと分かりました。そこでパンタグラフの支柱にギザギザの突起を付けたところ、騒音が低くなったということです。
 注射は痛いものと思われていますが、蚊に刺されたときは気が付かないほどです。そこで蚊の針を調べたところ、しなやかなうえ、ノコギリのようなギザギザが付いていて、そのために針が細胞の隙間に入り込んで行き、痛みを感じる痛点に当たる割合が低くなるということが分かりました。
 そこで、関西大学の青柳誠司教授と西宮にあるライトニックスというベンチャー企業が協力し、蚊の針とほぼ同じ直径85マイクロメートルの表面がギザギザの注射針の開発に成功しています。

 第二はモノを作るプロセスを真似るという段階です。
 多くの植物は太陽光を使い二酸化炭素と水を酸素と炭水化物に変換する光合成をおこなっていますが、これを人工的な装置で実現すると巨大なプラントになってしまいます。そこで植物の光合成の仕組を応用する人工光合成が研究されています。つくば市にある産業総合研究所で2002年に成功したのですが、太陽エネルギーの変換効率は0・03%で、イネの1〜2%、藻類の4%に比べると、100分の1程度で、まだまだ実用段階にはなっていません。
 クモが吐き出す糸も素晴らしい技術です。女郎蜘蛛の場合、1匹で700メートルの糸を連続して吐き出すことができ、種類によっては、自分の網を食べて再生することもできる能力をもっています。
 イスラエルのヘブライ大学では、クモの糸と同程度の繊維を人工的に製造することに成功し、防弾チョッキや外科手術の糸への利用を検討しています。

 第三は自然の生態系全体を真似るという段階です。
 森林にしても珊瑚礁にしても、動物の排出する糞は植物の養分になり、植物が生産する酸素は動物の生存に必須な物質となって、すべてが循環しています。
 そこで可能なかぎり物質が循環する社会を作る実験が始まっています。デンマークのカランドボルグでは、電力会社の廃熱が精油所と製薬工場のエンジンを動かし、さらに3500世帯の家庭の暖房に使われ、これらの家は石油暖房を使用していません。
 また、発電所の冷却水は57箇所の養魚所に送られてマスやヒラメを育てています。
 さらに製薬会社から出るスラリーは、以前はフィヨルドに投棄されていましたが、現在はパイプラインで農家に送られ肥料になっています。
 自然界と比べれば、ほんの一部が循環しているだけですが、第一歩を踏み出したという実例です。

 このように自然界には人間の技術では達しえない能力が秘められていますが、考えてみれば当然で、生命は40億年、陸上の生物でも4億年の歴史がありますから、たかだか数百万年しか生存していない人類よりは、はるかに環境に適合して生存してきたわけで、人間よりは先を進んでいるということです。
 環境問題が切羽詰まってきた現在、もう一度、偉大な祖先である生物に謙虚に学ぶという考えが必要だと思います。





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