TOPページへ論文ページへ
論文

 味覚の秋の真っ最中ですが、秋の味覚の王者と言えば、やはりマツタケだと思います。最近では高値の花のような食べ物ですが、僕の子供時代は秋の普通の食べ物で、家は貧乏なサラリーマン家庭でしたが、秋には何回も食べていた記憶があります。
 それが高級食材になって、初物は桐の箱に入って1本数万円という時代になってしまったのですが、原因は言うまでもなく、生産量が減って来たことです。
 1941年には国内で1万2000トンの収穫があったのですが、最近は200トンと60分の1になってしまいました。その間、人口は1・7倍に増えましたから、人口あたりでは100分の1の生産量で、高くなるのも納得というわけです。
 原因は、地球温暖化の影響であるとか、松食い虫の影響で松林が減少しているせいだとか諸説ありますが、日本の林業に従事する人口が減り、また松葉や松の木を燃料にすることもなくなり、松林の手入れがされなくなったことが影響しているというのが有力な説です。
 環境省はまだ指定していませんが、マツタケの有力な産地である京都府では準絶滅危惧種、すなわち存続基盤が脆弱な種に指定しているほどです。

 しかし、日本人なら秋に一度は食べたいということで、様々なマツタケ対策が行われています。第一が外国からの輸入です。
 現在、日本で流通しているマツタケの9割以上は外国産で、今年は昨年の1・4倍も輸入されています。
 これまでは、中国、韓国、北朝鮮、カナダが主要な輸入先でしたが、昨年9月、中国産のマツタケから基準値を超える除草剤が検出され、厚生労働省は中国産のマツタケは全品を検査対象にした結果、今年は昨年までの輸入量の6割程度に減りました。
 また韓国産は国内でマツタケの需要が急増し、輸出が激減、北朝鮮は経済制裁で禁輸というわけで、頼りはカナダ産ということになったのですが、最近、注目されているのがスウェーデン、ノルウェー、フィンランドなど北欧産です。

 北欧産のマツタケは学名「トリコローマ・ノーシオーサム」といい、1999年にスウェーデンの学者がDNA分析をした結果、日本のマツタケと遺伝子が99%同一で、中国産や韓国産よりも近いということが分かり人気を集めています。
 特徴は日本産よりも早い時期に収穫されることで、今年はすでに8月下旬に店頭に並びました。しかし、何と言っても最大の特徴は値段が安いということで、日本産の5分の1程度ですから、大人気です。

 なぜスウェーデンから輸出されてくるかというと、スウェーデン人が食べないからです。
 学名に付いている「ノーシオーサム」は「靴下の臭い」という意味で、スウェーデン人にとって悪臭なのだそうです。
 日本では「香りマツタケ、味シメジ」と言うように、マツタケは臭いに価値があるのですが、所変われば味変わるというわけです。

 第二の対策が栽培技術の研究です。日本のマツタケの主要な産地である長野県、京都府、岡山県、広島県などの農業試験所でも研究をしていますが、最も本格的な研究をしているのが、岩手県の岩泉町です。
 ここは龍泉洞という巨大な鍾乳洞がある町ですが、日本でもっとも面積の広い町として、またマツタケの産地としても有名です。
 ここの山林はトリュフが発見されるフランスの山林に似ているということで、子ブタにトリュフを探させて話題になりましたが、商品価値のあるほどの大きさのトリュフが発見できず、しかも頼りの子ブタが失踪して下火になっています。

 しかし、マツタケについては専門の研究所を創設して研究してきました。
 この研究所は竹下内閣のときの「ふるさと創生基金」の1億円をもとに、1990年に創設された「岩泉まつたけ研究所」で、京都大学でマツタケ栽培を40年間研究して来られた吉村文彦先生を所長に迎え、2005年まで研究してきました。
 マツタケ菌は松の木の根に感染して、松から養分をもらう一方、窒素やリンを松に与えるという共生関係にありますが、マツタケ菌は弱い菌のために、様々な植物が繁る森林では微生物が多く、マツタケ菌は生存競争に負けてしまうそうです。
 そこで研究所では、これまで各地で行われて来た100近い栽培法を一つ一つ検証し、松林の下草刈りをして土壌が富栄養化することを防ぎ、マツタケが生育しやすい環境を作る方法が最適であると判断して進めてきました。
 これは効果があり、岩泉町では研究所開設前には年間2トン程度であったマツタケ生産が5倍の10トン、価格にして3億円の産業になりました。

 この研究には、いい話が続いています。まず研究所を設立当初から15年と決めて年限が来たときに閉鎖したことです。公的な機関は天下りなどの目的で意義がなくなっても存続する場合が多いのですが、ここは当初の予定通り閉鎖しました。公共事業の手本だと思います。
 そこで退任された吉村先生は京都に戻り、「まつたけ十字軍」を作られ、京都だけではなく、全国各地でマツタケが生育するような森林を作る指導をされています。
 現在のところ、マツタケを人工栽培する技術が確立されていませんから、マツタケを増産するためには、赤松の林を育てる以外に方法はないというのが吉村先生の意見で、それをボランティアとともに進めておられるのです。
 これによって、マツタケが増産されるだけではなく、手入れがされず荒れてきた里山も再生し、一石数鳥の効果です。
 このようなことを想いながらマツタケを味わっていただければと思います。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.