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論文

 今年になって、新規の電子マネーが次々と発行され話題になっています。これまでJR東日本の関東地方の鉄道のみを対象にした「suica」やJR西日本が発行する「ICOCA」、関西圏の私鉄で利用可能な「pitapa」などがありましたが、この3月に関東一円の私鉄会社が共通の乗車カード「PASMO」を発行しました。
 また、2001年からam/pmやローソンで利用可能な「Edy」が利用されていましたが、4月に入って、セブンイレブン、イトーヨーカドー、デニーズなどを傘下に持つセブン&アイホールディングスが「nanaco」を発行し、それに対抗するかのように、ジャスコ、マックスバリュ、イオンスーパーセンターなどを傘下に持つイオングループが「WAON」を発行しました。
 そこで今日は、次々に登場する電子カードの最新事情と、それが社会にもたらす影響を考えてみたいと思います。

 電子マネーというのは通貨の価値をデジタル情報に変換して通用するようにしたものと定義されますが、インターネットの内部で通用するネットワーク方式と、ICカードを利用する方式があります。
 このICカード方式は、さらに、あらかじめ現金を電子情報にしてカードに記録しておくプリペイド方式と、クレジットカードのように使った後で口座から引き落とされるポストペイ方式があります。
 最近、発行されたものはすべてICカードを使うプリペイド方式のものなので、これを例にしながら、特徴を紹介したいと思います。

 第一は、クレジットカードのようにあらかじめ登録したり、口座を開設するための審査が不要で、ICカードを入手し、端末装置を使って現金をカードの情報に変換すれば準備完了という手軽な方法で利用できることです。
 第二は、支払いが0.2秒程度の一瞬で終了することです。スーパーマーケットのレジなどで、前の人が財布から小銭を数えながら出しているのを待ってイライラすることがなくなります。
 第三に、使う立場からは釣銭などの小銭が溜まることがないし、商店の方では釣銭を用意したり、受け取った現金を銀行に運んだりという手間が省ける上に、安全になります。

 なぜ次々と電子マネーが登場するのかという理由は第四の特徴と関係があるのですが、発行する各社は買物など利用するごとに様々な特典を提供しています。鉄道の場合は利用する回数に応じて割引したり、流通企業の場合はポイントというような名前でおまけを付けてくれます。
 これは囲い込みと言って、自分の会社や系列会社で買物をしてくれるよう誘導する目的です。
 電子マネーは小額の取引を対象にしていますが、このような取引は日本国内で年間60兆円ほどで、個人消費300兆円の20%にもなりますから、それを自社に取り込もうというわけです。

 しかし、この辺りから電子マネーの問題が登場してきます。
 現在の電子カードのほとんどは、地域限定や利用できる店舗が限定されており、利用に制約があります。しかし、関東地方のJRでしか通用しなかった「suica」が、「PASMO」や「ICOCA」と相互利用可能となり、次第に地域が拡大しています。
 また、最初は鉄道の切符の代わりだけであった「suica」は、駅にあるキオスクや百貨店でも利用可能になり、対象も拡大し、通貨そのものに近付いてきました。
 しかし、最初に、現金を端末装置でICカードに移すときは、もともと日本銀行が発行した日銀券という通貨の形を変えただけですから、社会の中で通貨の量は変化しませんので、問題はありませんでした。

 ところが、会社がポイントを次々と発行すると、民間企業が通貨に近い役割をする価値を勝手に発行することになります。
 通貨の発行や管理は日本銀行の専権事項ですから、これは国家が管理しない通貨が国内で通用するという問題に発展する可能性があります。
 実際、最近になり、日銀券の発行が減っているようですが、このポイントの発行と関係があるという意見もあります。
 そして、色々と工夫をすると、実際にお金を使わなくてもポイントだけを貯める方法もあるようで、情報を巧妙に操作するだけでお金を産み出すことが可能になり、
 所得税の対象にならない収入を得たり、消費税の対象にならない消費をしたりすることもできるようになります。
 国家を管理する重要な手段である、通貨の発行と税金の徴収が揺らぐかもしれないのです。

 別の問題もあります。「おさいふケイタイ」という名前などで呼ばれる、携帯電話に電子マネーを与信するポストペイ方式の電子マネーもすでに利用されています。
 これは最近50件までの利用を画面で確認することができるし、買物の内容に応じて、案内情報が送られてくる便利な手段です。
 間もなくチラシ広告が要らなくなるのではないかとも言われている根拠です。これは通貨がモノやサービスと交換する便利な手段という役割を越えて、情報を送受信する手段に発展して来たことを意味します。
 これは確かに便利ですが、一方で、自分の買物の履歴や交通手段の利用の履歴がどこかに蓄積されているということにもなり、悪用されたり、情報が漏れたりすれば、プライバシーを侵害する大きな社会問題にもなります。
 もともと通貨はモノやサービスを得るための便利な交換手段に過ぎなかったのですが、情報技術により、その役割が大きく変わろうとしているのだと思います。





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