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論文

 毎日、これだけ暑いと夕方に風呂へ入るのが日本人の楽しみですが、その風呂は僕の子供の頃は「銭湯」が普通でした。
 ところが、この銭湯が急速に減っており、1986年、丁度20年前には全国に1万2391軒あったのですが、昨年には5267軒と4割程度になってしまいました。
 今年になって東京都内の銭湯、正式名称は一般公衆浴場が1000軒を切ってしまったのですが、都道府県別では、山形県などは4軒、宮城県は20軒という状態です。
 日本人が1年間に銭湯に行く回数も、1975年には約54回でしたが、85年に約15回、95年には約5回にまで減っています。
 その理由は明確で、内風呂と言われる家庭の風呂が増えてきたことです。1963年、今から40年以上前には自宅に風呂のある家庭は60%程度でしたが、最近では96%になっており、銭湯は以前ほど必要がなくなったというわけです。
 そのような社会の変化を受けて、銭湯という言葉も次第に使われなくなり、ヘルスセンター、サウナ、スパなどと表現される、大型の施設が増えてきました。
 前置きが長くなったのですが、今日はこのような使われなくなった言葉「死語」を偲びながら、日本の夏を振り返ってみたいと思います。

 銭湯に関連する死語は「行水」、そしてその道具である「たらい」です。平安時代にはみそぎのために清水で身体を洗い清めることを行水と言っていたのですが、江戸時代からは宗教的意味が薄くなり、夏の行事となったようです。
 浮世絵にも描かれていますし、「我が尻を言わずたらいを小さがり」「行水をぽちゃりぽちゃりと嫁遣い」という川柳や、「行水のたらいの中に影落ちて洗ふたような夏の夜の月」などの狂歌に詠まれるほど一般的でしたが、現在ではたらいも無くなり、子供がビニールプールで遊ぶ程度になってしまいました。

 同様に「蚊帳」も死語になりつつあります。これも中国から伝わってきた生活道具ですが、江戸時代には一般的でした。
 加賀千代女の有名な「起きて見つ寝て見つ蚊帳の広さかな」という俳句があります。それに対して「お千代さん蚊帳が広けりゃ入ろうか」という川柳もありますが、それ以外にも「風呂敷を被った明日蚊帳を出し」「雷神に花嫁蚊帳に篭城し」という川柳もあり、ごく普通に使われていたことが分かります。
 なにしろ江戸末期に日本に来た外国人が、夜中も玄関にカギをかけず、窓も開け放したまま寝ていると驚いた日本の生活でしたから、蚊帳は必需品でしたが、日本も治安が以前ほどではなくなりましたし、何と言ってもエアコンの普及が大きく影響しました。
 エアコンは1965年には全家庭の3%弱にしか普及していなかったのですが、75年には17%、85年には52%、95年には77%、2004年には87%まで普及してきましたから、蚊帳の必要はなくなってきたのです。
 もちろん、日本の蚊帳の三大産地、越前(福井)、近江(滋賀)、大和(奈良)では現在でも生産されていますが、やがて「蚊帳の外」という用法でしか残らないかも知れません。

 もう一つの日本の夏の風景であった「縁台」と、その目的であった「夕涼み」も死語といっていいと思います。僕の子供時代も、夕方になると家の前に縁台を出して夕涼みをするのが通常で、どこの家でもしていたことです。
 「夕涼みよくぞ男に生まれける」という川柳がありますが、縁台にステテコと腹巻き姿で上半身は裸というのが、どこでも見かける光景でしたが、現在では地方都市に行っても、そのような光景を見かける事はあまりありません。ついでに「ステテコ」も「腹巻き」も死語に近づきつつあります。
 その原因は様々な社会の構造が変わったということだと思います。まず道路に対して閉ざされた西洋式の家が主流になり、縁台の置き場所がなくなったことがあげられます。
 また自動車が普及して道路を次々と走りますから、とてものんびりと夕涼みをしているわけにはいかなくなったことも理由です。
 さらに、エアコンの普及で夕涼みの必要がなくなったことも原因です。

 しかし、一番大きな要因は家族構成や近隣関係が変わってしまったことだと思います。1985年には1世帯あたりの人数は3・14人でしたが、昨年の調査結果では2・6人になり、2人以下の家族の比率が85年には39%でしたが、昨年は55%に増えています。最早、家族そろってという家庭は少なくなってきたのです。
 そして、大都会では遠距離通勤のサラリーマンが増え、縁台を出して夕涼みをする頃は、会社で残業か帰りの電車の中という訳です。
 時代とともに社会が変化し、死語が出て来るのは必然ですが、消えつつある言葉から読取れる良さを振り返る事も意味があると思います。





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