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論文

 今日4月20日は郵政記念日で、日本の郵便制度が始まった日です。そこで現在、郵政民営化で騒がしい郵便制度について、色々とご紹介したいと思います。

 第一に、4月20日が郵政記念日とされたのは何故かということです。
 これはご存知の方も多いかと思いますが、明治4(1871)年3月1日に新式郵便といわれる国営の郵便制度が始まったのですが、3月1日というのは旧暦で、これを新暦に直すと4月20日になるので、昭和9(1934)年に、この日を記念日にしたのです。
 制定当初は逓信記念日と言われていました。それは何故かというと、昭和9年には、郵便を所管している役所の名前は逓信省だったからです。
 それでは、郵便と逓信はどう違うかということですが、逓信の「逓」の字は「次々に伝え送る」という意味で、郵便の「郵」は「官営で文書や物品を運送する制度」という意味です。
 そうすると手紙や小包を国営の制度で配達するのは郵便でいいのですが、通信や輸送なども含めると逓信という言葉が妥当ということになります。
 ですから役所が郵便と通信の両方を所管した時期は逓信省、郵便だけのときは郵政省と言われていたのです。
 ここから逓信記念日と郵政記念日の流転の日々が始まります。まず昭和9(1934)年に逓信記念日が制定されたのは、この年に国営の通信事業が一般会計から分離して通信事業特別会計として独立したので、それを記念したのですが、当時の役所の名前は逓信省だったので、逓信記念日となりました。
 ところが戦後になった昭和24(1949)年に、逓信省は郵政省と電気通信省に二分され、記念日は郵政省に引き継がれたので、名前は郵政記念日になりました。
 さらに昭34(1959)年に、郵政省の名前を逓信省に復帰させる法案が提出され、衆議院で可決されたので、法案の成立を見越して逓信記念日に変えて4月20日に記念行事を開催してしまったのですが、参議院で成立しなかったので、役所の名前は郵政省のまま逓信記念日という名前を使うことになってしまいました。
 ところがさらに、平成13(2001)年の中央省庁再編により、郵政省と自治省と総務庁を一体として総務省が誕生したのですが、郵便事業は郵政事業庁に分離されたので、再び、郵政記念日となり、現在に至っているというわけです。

 第二は、北海道から沖縄まで葉書を送っても、東京都内から東京都内に葉書を送っても料金は50円というように、すべての料金が全国均一なのは何故かということです。
 日本の郵便制度は1840年に発足したイギリスの制度を参考にしたのですが、イギリスは料金均一制度を採用していたので、日本も倣ったのです。
 それではイギリスは何故、均一制度にしたかというと、チャールズ・バベジという数学者が提案したからです。
 バベジはディファレンシャル・エンジンかアナレティカル・エンジンという機械式のコンピュータを世界最初に発明した人として有名ですが、得意の数学を駆使して、配達する距離が違うごとに料金を計算する手間にかかる費用よりも、同じ料金の切手で投函すれば済むというほうが安くなると証明して政府に提案したからです。
 この計算はオペレーションズ・リサーチの元祖と言われています。

 第三は、当初の郵便はどの程度の時間で届いていたかということです。
 新式郵便は東京と大阪の間だけで開始されたのですが、新橋と神戸の区間に東海道線が全線開通するのは18年後の明治22(1889)年ですから、人間が運ぶ以外に方法はなく、第一便が4月20日の午後2時に大阪を出発し、75時間35分、すなわち3日と3時間35分をかけて、4月23日午後5時35分に到着したという記録があります。
 現在の2倍強の時間ですから、当時としては相当な速度だったと思います。
 その配達する人は郵便脚夫といわれ、3貫目(約11kg)の荷物を担いで、2時間で5里(20km)を走る能力が要求されていたそうですから、相当の健脚でなければ勤まらなかったと思います。

 第四は、〒の郵便マークの由来です。
 当初は特別のマークはなく、明治10年になって、赤丸に横棒を入れた「丸に一引き」といわれるマークが使われるようになりました。
 そして明治20(1887)年2月8日にアルファベットの「T」をマークにすると布告がなされました。
 ところが6日後の2月14日に現在の「〒」のマークに変わりました。この突然の変更には諸説ありますが、アルファベットの「T」は国際郵便で料金不足の記号として使われていることが分かったので、あわてて一本横線を加えて、逓信省の「テ」にしたのだなどと言われています。ちなみに2月8日は郵便マークの日です。
 いずれにしても、わずかな料金で世界中に正確に郵便物が届くという制度は素晴らしいことで、経営形態が変わっても維持してほしいと思います。





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