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論文

 20年ほど前の1980年代の後半に「Uターン」ブームが発生し、人口流入と人口流出の差である人口の社会増加が首都圏で減少傾向になりはじめ、ついに1993年には転出超過になりました。石油ショックの後に、流入が減ったことはありますが、転出超過になったのは戦後初めてのことです。
 これは地価高騰と狂乱物価の影響で、若い世代が大都市で住宅を買うことが困難となると同時に、地方にも産業が立地し、働き口があるということで、自分の故郷へ戻るという「Uターン」、都会生まれの人が地方へ移住する「Iターン」、また地方から都会に出て来たが、故郷と関係ない地方へ移住する「Jターン」がブームになったわけです。
 しかし、バブル経済の崩壊とともに、再び大都市圏へ人口が戻りつつあったのですが、最近、新たな移住ブームが始まりつつあります。

 今回のブームの原因は3つあると思います。
 第一は来年あたりから団塊世代が大量退職する2007年問題が発生しますが、その世代が都会から地方へ移住しそうだということ。
 第二に、昨年12月に日本の人口が頂点になり、各地で人口が減って行きますが、その対策として、地方自治体が移住勧誘を始めたということ。
 第三に、国民の生活意識が大きく変化しており、都会に魅力を感じない人々が増加していること、が挙げられます。

 具体的に数字で説明しますと、第一の団塊世代については、1947年から49年生まれの団塊世代の人口は680万人ですが、そのうち就業者が500万人程度と推定されており、その去就は日本社会を大きく左右するということです。
 第二の人口減ですが、2005年から2025年の20年間で、日本全体の人口は1億2770万人から1億2110万人と660万人も減りますが、一都三県の首都圏では3410万人から3370万人と1・2%(40万人)ほどしか減りません。
 ところが、北海道では10・7%(60万人)、四国では10・9%(45万人)、九州では6・1%(82万人)と大幅に減りますので、その対策として団塊の世代を誘致しようというわけです。
 第三の生活意識の変化ですが、内閣府が行っている世論調査で、人生を仕事中心で考えるか、生活中心で考えるかという数字を調べてみると、1982年は仕事中心が28%、生活中心が14%でしたが、92年に25%と28%と、生活中心が一気に増加し逆転しました。さらに2002年になると、40%と58%で、圧倒的に生活中心が多くなりました。そうなれば余裕のある生活の出来る地方の価値が上がって来るということになります。

 そこで地方が動き始めたのですが、いくつかの事例を紹介したいと思いますが、豪華版は北海道標津町です。ここは知床半島の南側の付け根にある、サケの水揚げ日本一の町です。
 1965年には人口約8000人でしたが、現在では6000人にまで減ってしまい、そこでというわけで「定住してくれる人には土地を無償で差し上げます」という魅力的な戦略を発表しました。
 町の中心にある定住促進団地の120坪から140坪の28区画が、今年の10月から発売されます。保証金100万円を支払って購入するのですが、3年以内に住民票を移して定住すれば、保証金が返還され、結果として無料になります。ただし、5年間は賃貸や売却はできません。
 ここは東京から直行便のある中標津空港に近く、団地の周辺には病院、特別養護老人ホーム、小学校、中学校、高等学校あるし、ADSLも利用できます。僕も時々通る町ですが、知床連山が一望できる景色も素晴らしい場所です。
 町では、定住してくれれば、住民税や固定資産税が入るので7年間で土地代は回収できるという計算をしています。

 それ以外にも、青森県は今年の7月と9月に5泊6日のツアーを計画し、交通費と宿泊費の実費以外は県が負担して、農家に宿泊体験をしてもらったり、田舎暮らしのセミナーを開いたりする予定です。
 島根県は知事が東京や大阪で生活している島根県出身者2万人に手紙を出してUターンを呼びかけていますし、佐賀県では県外から移住して来た人がビジネスを始める助成制度も用意しています。
 移住の相談窓口を用意して情報提供している自治体もたくさんありますし、人材派遣業の会社でも、UターンやIターンの希望者へ就職紹介するサービスを始めています。
 現在では、インターネットによって、かなりの僻地でも情報の入手や品物の購入の不便さは無くなっていますし、情報関係の仕事もどこでもできるようになっていますので、新しい選択として検討されては如何かと思います。





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