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論文

 今日は海底地図を作成する国際競技を紹介したいと思います。
 19世紀に活躍した「SFの父」と言われるジュール・ヴェルヌは「地底旅行」「月世界旅行」「海底2万里」「彗星旅行」などの有名な冒険旅行小説を書いています。
 これらの小説が発表されてから150年近くが経過していますが、月世界旅行は実現したものの、それ以外の3つは実現していません。
 地底旅行と彗星旅行はかなりハードルが高く、可能性が高いのは海底旅行で、原子力潜水艦を使えば実現できそうですが、大きな壁があります。
 海底の正確な地図がないことです。
 2005年1月8日にアメリカの原子力潜水艦サンフランシスコ号がグアム島付近の水深160メートルの海中を時速60キロメートルで航行していた時、突然、衝撃を受け、船内は大混乱になり、137名の乗員のうち1名が死亡、100名近くが負傷しました。
 潜水艦は敵から位置を探査されないように、レーダーやソナーを使用しないことが多く、その時も海底地図を見ながら航海していたのですが、地図にはない山が海中にあり、衝突してしまったということです。

 陸上についてはほとんどの場所について正確な地図がありますし、衛星写真も大半の場所をカバーしていますが、地球の表面の70%が海にもかかわらず、海底の地図があるのは、その15%程度でしかありません。
 その15%も陸地に近い沿岸部で、深い海については地図がないという状態で、7500万キロメートル彼方にある火星の地表の方が正確にわかっていると言われるほどです。
 そこで1903年に設立されたという長い歴史のある大洋水深総図(GEBCO)指導委員会という国際機関が2016年の会議で、2030年までに地球のすべての海底の地図を作るという構想を打ち出しました。
 その費用は3000億円程度と見積もられ、火星探査1回分と同じ程度です。しかし、火星を目指すというと世間から注目されるので、トランプ大統領が火星の有人探査計画の推進に署名したり、テスラのCEOイーロン・マスクの設立したスペースXも火星探査や火星移民を目指すと宣言していますが、地味な海底地図には資金が集まりません。

 そこで登場したのがアメリカの非営利組織「Xプライズ財団」が行なっている国際コンペティションの一つ「シェル・オーシャン・ディスカバリー Xプライズ」です。
 まず「Xプライズ財団」から説明しますと、1995年にアメリカに設立された非営利組織で、企業や個人が賞金を提供して、非常に難度の高い技術開発を国際的に競争する競技を運営しています。
 話題になった競技をいくつか紹介したいと思います。
 アメリカのプロデア・システムズ社の創業者アンサリ夫妻が10億円の賞金を提供し、民間組織が乗員3人の搭乗した機体を上空100キロメートル以上の宇宙空間に打ち上げて地上に戻り、同じ機体を2週間以内に再度100キロメートル以上に打ち上げて戻ってくるという技術を競争する「アンサリXプライズ」を実施し、2004年に成功した企業に賞金が渡されています。
 グーグルは、これも民間組織が無人探査機で月面を探査する賞金総額30億円、優勝賞金20億円の「グーグル・ルナーXプライズ」を提供しましたが、2007年から2018年3月31日までの期限内に達成したチームはなく期限切れになりました。
 34チームが登録し、最終段階まで残った5チームの中には日本を中心にした「HAKUTO」も入っていましたが、期限までに実現できませんでした。

 そのような1つとして実施されているのがロイヤル・ダッチ・シェルを中心とする企業が賞金総額7億円を提供する「シェル・オーシャン・ディスカバリー・Xプライズ」です。
 この目標は40フィートコンテナーに収まる大きさの装置を開発し、非常に広い範囲の海底について、母船からの支援なしで、水平方向は5メートル以下、垂直方向は50センチメートル以下の精度で海底地形図を作成する競技です。
 2016年に22カ国の32チーム、日本からは3チームが登録しました。
 書類審査で21チームに絞られ、日本からは「チーム・クロシオ」のみが通過しました。
 昨年8月に水深2000メートルの海域で16時間以内に100平方キロの調査をする予選がプエルトリコで開催予定でしたが、大型ハリケーンが襲来して中止になり、審査員が各チームを回って判定し、19チームのうち9チームが通過し、「チーム・クロシオ」もアジアで唯一の通過チームとなりました。
 最終決戦は来月から行われ、水深4000メートルの海域で、24時間以内に最低250平方キロを調査し、48時間で500平方キロを調査し、海底地形図を作成することになっています。
 500平方キロというのは東京23区を一回り小さくした程度の面積ですから、大雑把にしろ、その地形図を丸2日間で作るという大変な仕事です。

 日本の「チーム・クロシオ」は海洋研究開発機構、東京大学生産技術研究所、九州工業大学、海上・港湾・航空技術研究所など公的な組織以外に、三井E&S造船、日本海洋事業、KDDI総合研究所、ヤマハ発動機など民間企業からの約30名で構成されたチームで、結果は今年12月に発表予定ですが、ぜひ優秀な成績を残して欲しいと思います。

 海底地図は国にとっては潜水艦など軍艦が行動するのに重要な戦略軍事情報ですし、民間企業にとっては海底油田開発や海底ケーブル敷設のための重要な情報であるため、あまり公開されてきませんでした。
 しかし、Xプライズ財団の競技で開発された装置を駆使して精度の高い海底地図が作成されて公開されれば、海洋航行の安全が高まり、海底資源探査が容易になり、津波が押し寄せる場所の予測精度が向上するなど世界へ恩恵が広がります。
 世界6位の排他的経済水域(EEZ)を持つ海洋大国日本にとっては大変に重要な情報ですから、「チーム・クロシオ」の成果に期待したいと思います。

 *2019年6月1日に結果が発表され、「チーム・クロシオ」は準優勝となって賞金100万ドルを獲得しました。





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