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論文

 先月、2005年の第一4半期の経済成長率が5・3%になったと話題になりましたが、このような経済の力によって社会や国家の評価をするという習慣が世界に浸透しています。そのときに使われるのがGNP(国民総生産)とかGDP(国内総生産)といわれる指標です。
 普通は一年単位で計算しますが、一定期間に国民が生産した財やサービスの付加価値の総額から原材料などの中間投入を差し引いたものがGNP、また、そのうち海外での生産を除いたものがGDPですが、いずれも経済活動を中心にした国力の考え方です。
 しかし、経済全体が発展しても、国民に平等に配分されずに貧富の差が大きければ国民が幸せかどうかは分かりませんし、一国だけの経済が発展して他国の発展を妨げたり、地球環境に悪い影響を及ぼせば、やはり問題で、このような経済至上主義には世界規模で反省する意見が出始めています。

 そこで今日は、社会や国家を経済ではない力で評価しようという考え方を紹介したいと思います。
 ヒマラヤ山麓にブータン共和国というチベット仏教を国教としている国があります。人口は230万人程度で日本の55分の1、GDPは30億ドル程度で世界160位、日本の1700分の1という小さな国です。ここでは1972年に弱冠16歳で即位したジグミ・シンゲ・ワンチェク国王が次々と新しい政策を実施しています。
 例えば、国王の在位を65歳で定年にするとか、国民の75%が反対すれば国王を解任できるという憲法を制定したことも独特ですが、国民には日本の丹前のような伝統的な衣服の着用を義務づけたり、昨年の12月には国内全域を禁煙にして、自宅以外では煙草を吸ってはいけないという制度を制定したりしています。

 とりわけ世界が注目しているのが、国王が20歳の1976年に発表した「GNPからGNHへの転換政策」です。
 「人々の幸せに満ちた生活を可能にしてくれる自然環境、精神文明、文化伝統、歴史遺産などを破壊し、家族、友人、地域社会の絆までをも犠牲にするような経済成長は人間の住む国の成長とはいわない」と宣言し、ブータンはGNH(グロス・ナショナル・ハッピネス)すなわち国民総幸福を向上させると宣言したのです。実際、食料は100%自給自足ですし、医療も教育も無料です。
 4月に石原慎太郎東京都知事と対談したときに「政治家というのは結局、経済を発展させたかどうかで評価されて、環境を守ったからというようなことは評価されないんだよな」と嘆いておられましたが、ブータンの国王は環境を守るという政策で立派に国を治めておられるようです。

 日本で登場した概念がGNCです。GNPはグロス・ナショナル・プロダクトですが、こちらはグロス・ナショナル・クールです。
 クールというのは「クール・ビズ」でも使われているように、本来は涼しいという意味ですが、ここでのクールは「かっこいい」とか「すてきだ」というような意味で、これからは国家の力は「かっこよさ」を基準にしたらどうかという提案です。
 これは日本に滞在した経験のあるアメリカのジャーナリスト、ダグラス・マクレイが2002年にアメリカの『フォーリン・ポリシー』に発表した「ジャパンズ・グロス・ナショナル・クール」という論文で提案した考え方です。
 あえて訳せば「国民文化力」と言ったらいいと思いますが、それぞれの国が持っている文化が外国に及ぼす力を評価しようということで、マクレイによれば、日本のGNCは世界の頂点にあるということです。
 確かに個別に見ると、「ポケモン」が30の言語に翻訳されて69カ国で放送されているとか、「ドラゴンボール」も20の言語で40カ国で放送されているとか、キティちゃんが1万5000種類の商品に付けられて年間1000億円以上の使用料を得ているとか、日本文化の躍進は素晴らしい勢いです。
 全体としてみても、1992年に日本の書籍や美術品の輸出は5兆円程度だったのですが,2002年には3倍の15兆円になっています。この間に輸出全体は43兆円から52兆円と1・2倍にしか増えていませんから、文化の進出は急速だということです。

 問題は、いつものことですが、日本人がこの力に気付いていないことではないかと思います。
 例えば、フランスで一番有名な日本人は『ドラゴンボール』の作者鳥山明さんですが、この名前をご存知の財界人はほとんど居られないと思いますし、『ラスト・サムライ』を制作したエドワード・ズウィック監督や俳優のトム・クルーズなどは、日本文化を世界に宣伝してくれたということで、総理大臣が表彰してもいいと思いますが、そのような発想がありません。ぜひGNCやGNHを意識してほしいと思います。





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