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論文

 先週、アメリカのマイクロソフト社が日本の企業約250社で構成している「T−エンジン・フォーラム」に参加すると表明したことが話題になり、新聞などが大きく取り上げましたが、この問題について考えてみたいと思います。
 そのためには、オペレーティング・システム(OS)という言葉を知る必要があるのですが、これは空港の管制官の役割と考えていただいたらいいと思います。空港には次々と飛行機が離陸したり着陸したりしていますが、管制官がそれぞれの飛行機に指令を出して制御しているので衝突しないようになっているわけです。
 コンピュータの内部でもワードプロセッサを使ったり、メールを送ったり、色々なプログラムを使いますので、それらを混乱しないように制御しているプログラムがあり、それをOSといいます。

 世界でもっともたくさん使われているOSはパーソナル・コンピュータの場合には「ウィンドウズ」で、世界のパーソナル・コンピュータの90%以上で使われていますし、日本でも同様ですから、独占といっていい状態です。
 ところが、それ以上大量に使われている「トロン」というOSがあります。例えば、携帯電話の制御システムや、ファクシミリ装置の制御システム、自動車のエンジンの制御システムなどの半分以上は「トロン」を使っていますから、数では圧倒的に「トロン」が優勢なのです。

 情報家電という言葉がありますが、テレビジョンや電気冷蔵庫や電気洗濯機などの家庭電化製品に通信機能を付加したものを情報家電といっています。
 これからの情報社会で我々が情報にアクセスする端末装置が何になるかというと、しばらく前まではパーソナル・コンピュータと思われていたのですが、最近になり、携帯電話や情報家電が有力になってきました。その情報家電のOSとして「トロン」を改良して使用しようというのが「T−エンジン・フォーラム」の目指していることです。
 マイクロソフト社にも「ウィンドウズCE」という小型のOSがありますが、「トロン」と比較して大型で動作時間も劣るし、メモリーも大量に必要なので、「トロン」と連動するようにしたいというのがマイクロソフト社の狙いだと思います。

 もうひとつの背景が推測されます。ここ数年、政府など公的機関で使用するコンピュータのOSをウィンドウズからリナックスに変更するという動きが始まっていますし、日本では経済産業省が国産のOSを開発する準備をしたりして、ウィンドウズ離れの傾向にあります。
 ウィンドウズは優秀なOSですが、最大の問題はプログラムの中身が公開されていないことです。最近、ウィンドウズを狙ったコンピュータ・ウィルスが流行していますが、中身が分からないので自分で対策が立てられず、マイクロソフト社から提供される補修プログラムを使用するしかありません。また、内部が分からないということは、素性の知れない人と付き合っているような感じで、安心できない部分が残るわけです。
 そこで、政府など公的機関はプログラムの中身が公開されている「オープンソースコード」のOSを使うという選択を始めたわけです。「トロン」も「リナックス」もオープンソースコードのOSですから、マイクロソフト社が「トロン」に接近したという背景も、そのあたりにあるのかも知れません。

 今回のマイクロソフトの参加を歴史的和解と表現している記事がありますが、その背景を説明させていただきます。
 「トロン」は東京大学の当時は助手であった坂村健博士などが中心になって1980年代の中頃に開発されたOSですが、当時、日本の小中学校で使用するコンピュータのOSを国産のトロンにしようと検討が進んでいました。ところが、アメリカの通商代表部(USTR)が、学校のような公的機関に一種類のOSしか採用しないのは非関税障壁になるのでスーパー301条の対象にすると脅してきました。
 当時、圧倒的にシェアの大きかったNECのパーソナル・コンピュータがウィンドウズの基礎となっている「MS−DOS」を使っていましたので、一緒になって騒ぎ、結局、トロンは採用されなくなってしまったという経緯があるのです。
 つまり、20数年前にマイクロソフト社などを背景とするアメリカの圧力で追いやられていたトロン陣営にマイクロソフト社が参加するということを歴史的和解と言っているのです。

 1960年代から70年代にかけて、IBMの大型コンピュータというハードウェアが世界の8割近くを独占するという時代がありました。ところが、ワークステーションやパーソナル・コンピュータという革命児が登場し、IBMの独占が終了しました。
 現在、それらのコンピュータがネットワークで相互に接続されるというユビキタス・コンピュータが革命児として登場し、今度はOSというソフトウェアの分野で世界の9割以上を独占しているマイクロソフト社に影響を及ぼしはじめたのだと思います。
 OSは、これからのIT時代の社会基盤ですから、その行方は企業の競争という視点だけではなく、社会全体の安全保障に関わる問題として注目していく必要があると思います。





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